• 桜 日本心創り・智慧創り研究所

古史古伝には、現代の医学では解明できない、
健康に関する多くの智慧が隠されています。
長い年月をかけて先人が培ってきた経験と知識には、
人や地球にも優しい自然の摂理に沿った
健康法として注目されています。
『いにしえの健康法』を取り入れ、
60歳のトレンドセッターになってみませんか?

古史古伝から学ぶ健康法のメリット

葉

自然との触れ合い
ストレス軽減や免疫力向上などの効果

ヨガ

心身の健康
精神修養,瞑想

ご飯

バランスの良い食事
旬食材や発酵食、 地産地消、腹八分

祈り

感謝の気持ち
幸福度向上などの効果がある

運動

適度な運動
生活習慣病の予防、 筋力増強

現代社会は、
ストレスが多く健康を、
維持することが難しい時代です。
古史古伝から学ぶ健康法は、
現代社会に生きる私達にとって
有効な健康法と言えます。
水(命の源)、
米(エネルギー源)、
茶(心を癒す力)、
そして神々の食(元気の源)、
古代からの智慧を
取り入れることで、
未来の健康を入手する
ヒントを紹介していきます。

目次

一杯で心と体をリフレッシュ!
古来は不老長寿の薬として飲まれた茶

Vol.1
[茶の古代史]
人類が初めて飲んだ世界最古のお茶はどのくらい前なのか?

浙江省余姚市にある田螺山(でんらさん)遺跡から、茶木栽培の確認された木は6000年前〜4700年前のものだとされた。 ツバキ属の木の根が出土されました。この木の根はツバキ属の『茶の木』の 遺物だと確認されました。これまでに中国で発見された最も古い人工栽培の『茶の木』だということです。 2015年6月30日杭州で行われた浙江省余姚市田螺山遺跡考古研究成果発表会で6000年前の茶木根と明らかにされましたが、 まだ学術的に完全には認められるものではないようです。もう一説では4700年前の茶葉発見と言うように年代に誤差があります。 田螺山遺跡には、異なる時代の茶の遺物が混在している可能性もあり、茶の木の栽培は、6000年前に始まり、 茶葉が飲用されるようになったのは、4700年前からである可能性もあるそうです。年代測定方法の誤差によっても、年代が異なる可能性もあるようです。
いずれにしても中国のお茶の栽培の起源は、 今から約3000年前だといわれていましたが、今回の発見により、その歴史は今から約4700年前~6000年前にさかのぼることになりました。 6000年前といえば宇宙や自然、神を信仰してた多神教の最古文明『シュメール文明』の時代に中国で茶の木を栽培された ことになります。この頃日本では縄文時代前期で開ヶ丘中山Ⅲ遺跡より実の大きい木を村の近くに植えて世話をしていたことが遺跡から 見つかったクリの分析で明らかになっています。 中国の田螺山遺跡は現在まだ発掘調査中ですので今後、さらに詳しくわかり茶の歴史もアップデートされる日がくるのではないでしょうか

出典:画像By 源義信 - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=129823603

参考資料:浙江省田螺山遺跡の日中共同調査
(浙江省文物考古研究所)
参考記事:China Radio International.CRI
浙江省、6000年前の人工栽培の茶の木が出土
2015-07-01 15:11:25

茶根
出典:By 源義信 - Own work,
CC BY-SA 4.0,
https://commons.wikimedia.org/
w/index.php?curid=129788008
河渡公園博覧会の展示品:田螺山茶類の根

茶葉

茶葉はどのくらい前からあったのでしょうか?
2100年前の最古の茶葉発見
近年2016年に中国・西安の漢王朝時代の遺跡から植物の固まりが発掘され、分析の結果、植物の正体が 「茶葉」であることが判明しました。これまでに発見されていた世界最古の茶葉は中国北部で見つかった 宋朝時代(960年~1127年)ごろのものでしたが、世界最古の茶葉の歴史が、はるか以前まで更新されること となりました。大量の茶葉が見つかったのは、中国・西安の近くにあるお墓。中国の科学者たちによる 研究チームが、お墓の中で小さな植物の固まりを発見して分析したところ、2100年前の紀元前1世紀ごろに 摘み取られたお茶の葉だと判明しました。漢王朝は、紀元前202年から220年までの王朝です。

秦王朝の後に中国を統一した王朝で、前漢(紀元前206年 - 8年)と後漢(25年 - 220年) の2つの王朝を総称して漢王朝と呼ばれています

参考資料
Scientists discover 2,100-year-old stash of “fine plucked” tea | Ars Technica http://arstechnica.com/science/2016/01/scientists-discover-2100-year-old-stash-of-fine-plucked-tea/
Earliest tea as evidence for one branch of the Silk Road across the Tibetan Plateau : Scientific Reports http://www.nature.com/articles/srep18955

ちなみに日本は約2100年前は弥生時代中期です。 この時代は、北部九州の一帯でムラ同士が水や農地、盟主の地位をめぐって激しい戦争を 繰り広げていました。遺跡などから、この時期に水田や米、鍬や鋤などの道具が発見されて います。渡来人によって茶葉が持ち込まれ『茶』の体験をした人もいたかもしてない? 日本人がお茶を飲み始める記述はまだまだ後で今から1200年前に最澄が中国の天台華頂山から 『茶実』を持ち帰りが初めてとされてます。詳しくはVol.2で解説させていただきます。

中国の医薬と農業を司る神 『神農』

神農

出典:By Kanō Tan'yū - This file was donated to Wikimedia Commons as part of a project by the Metropolitan Museum of Art. See the Image and Data Resources Open Access Policy, CC0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=57376822

中国の歴史の中で、お茶が登場するのは、「神農(しんのう、農業・漢方の祖)」の逸話からとなっています。 神農伝説は、人々に効果のある薬草を見つけ出すため、山の中で目に付く草木を片っ端から食べて歩きました。 その中には毒草もあり、神農は1日に数十回も食中毒になったと言われています。神農のお腹は透けて見え毒が あるものはすぐにわかる特異体質の神農だったそうです。そんな中、神農が見つけたお茶の葉を口にしたところ、 毒で弱ったからだを復活させる効果が得られたと伝えられています。この伝説から、お茶の発見は紀元前2700年ごろ、 神農時代と考えられます。(日本は弥生時代で海外との交流も盛んになり稲作や金属器が伝わり生活が大きく変わり はじめたころです。)

漢の時代(紀元前1世紀)の医学書『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』には、「茶味苦、飲之使人益思、少臥、 軽身、明目」の記述があります。すでにこのころ、お茶はよく知られていたようです。 このことから2016年に漢時代の遺跡から発掘された茶葉は日本の弥生時代のものになります。 想像ですが弥生時代の交易で中国や朝鮮半島などから『お茶』が入り、 飲んだ日本人もいたのではないでしょうか?

また、四川の王褒(おうほう)が記した、主人と奴隷との間で交される契約文『僮約(どうやく)』の中に、 「武陽で茶を買う」とあります。これによると、当時すでに飲茶の習慣があり、売買が行われていたことがうかがい 知れます。このころからお茶は、主に上流階級に嗜好品として愛飲されるようになります。唐の時代(760年ころ)、 陸羽(りくう)の記した『茶経』は「茶者、南方之嘉木也(茶は南方の嘉木なり)」で始まっていることから、 初期のお茶は南方で始まったと考えるのが定説と言われました。

世界最古の茶書
『茶経』

茶経本

出典:唐陸羽撰『茶經3卷,茶録1卷,試茶録1卷,酒譜1卷』
明刊. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2536555
(参照 2024-01-23)

台湾「玉里五穀宮正殿五穀先帝諸像與匾額彩繪」
神農皇帝

神農

出典:By 雲角 - Own work, CC BY-SA 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/
index.php?curid=74923010
台湾の伝統的な神農像は、一般的に茶色に彩色されています。
土の色であり、 神農が農耕の神様であるからだそうです。

中国の茶人「陸羽」が唱えた
『茶経』のお茶精神と
日本茶界にも影響した茶とは
どのような茶なのか?

茶

陸羽が提唱した喫茶方法は「煎茶法」と言い、茶を煮出して飲む方法です。『茶経』にある記述では 煎茶法で使われるお茶は「餅茶・団茶」と呼ばれ、摘まれたお茶を蒸してから搗つき、そのあと平たく 固めてあぶって乾燥させたものです。飲む時はこれを削って粉にします。 苦みや雑味をなくすためです。沸騰3回までとなっているのは、長い時間煮立てないという意味で、 当時茶とともにネギやショウガを入れてぐつぐつ煮込む飲み方があり、 そういう飲み方ではないというわけです。さらには細心の注意を払って入れたこの美味しいお茶は、 3~5個の小さな器に入れて客人に供し、熱いうちに飲まなくてはいけないとされています。 冷めると風味が落ちるからです。美味しいお茶を入れるのに細心の注意を払っている江南の人 ・『陸羽』は提唱したのです。その後陸羽が「茶聖」と称えられてきたことからもわかります 陸羽の茶への向き合い方に深い精神性を感じ取った人々はそこに聖人と同様の心を読み取ったのでしょう。 この精神性は後の日本「茶道」にも大きな影響を与えていることになっていきます。

Vol.2 日本の『茶の湯』の起源につづく