• 桜 日本心創り・智慧創り研究所

古史古伝には、現代の医学では解明できない、
健康に関する多くの智慧が隠されています。
長い年月をかけて先人が培ってきた経験と知識には、
人や地球にも優しい自然の摂理に沿った
健康法として注目されています。
『いにしえの健康法』を取り入れ、
60歳からのトレンドセッターになってみませんか?

こころつくり・ちえつくり

天から授かった『米の息吹』

古来より日本人のアイデンティティと深く結びついてきた。
日、水、土、の恩恵は、かけがえのない存在『米』

日本の古書『古事記』では、天孫降臨によって天照大神からさずかった稲で 米が作られ そして日本の礎を築いたと神話で、語られ日本国の始まりになった。

<最も古い稲>

世界で最も古い稲作の痕跡は、 中国の長江(揚子江)下流域で発見されています。

炭化米

上山遺跡(中国・浙江省浦江): 約1万年前の土器とともに、 大量の稲のもみ殻と1粒の炭化米が出土しました。 このもみ殻は、野生種より長さが短く、 幅が太い栽培稲の特徴を持っていたことから、 世界最古の栽培稲とされています。 さらに米酒醸造の証拠も発見

稲作の起源

これまで、最古の栽培稲は長江中流の遺跡などで見つかった 8000年前のものとされていましたが、上山遺跡の発見は、 稲作の起源が約2000年さかのぼることになりました。

稲作の伝播

上山遺跡で始まった稲作は、その後、長江流域を中心に広がり、 東南アジア、インド、そして日本へと伝播していったと考えられています。

参考:https://www.jiji.com/jc/article?k=3553746&g=cgtn

日本で最も古い稲際栽培の可能性は、 岡山県の彦崎貝塚の 縄文時代前期(約6000年前)の地層から出土

プラント

イネのプラントオパール(イネ科植物の葉などの細胞成分)が 大量に見つかったと2013年に灘崎町教育委員会が発表した。 この時期のプラントオパールが大量に見つかるのは全国初、 イネの栽培をうかがわせた。 これまでの説から縄文時代後期(約4000年前)をはるかに さかのぼる可能性があるが、農耕とは言えず、水田遺構など、稲作が 定着していたことを示す傍証はなく、栽培という程度だったのでは ないかと?イネのほかにキビ、ヒエ、小麦など雑穀類の プラントオパールも検出されているという。 この段階で は、縄文人の主食としての米ではなく、 稗や粟などの栽培とともに存在していた稲に過ぎなかったようです。

参考:https://www.joumon.jp/ 縄文解読(縄文記号の世界)

<日本稲作の到来>

今から約3000年前の縄文時代後期ごろとされてます。

ルート:
中国大陸から朝鮮半島を経由して伝わったと 考えられています。
時期:
縄文時代後期(紀元前10世紀頃)に、現在の 北九州に伝来したという説が有力です。
品種:
当時は、赤米(あかごめ)などの古代米と呼ばれる 品種が栽培されていたと考えられます。

稲図
赤1 赤2
高床

出典:『炭化米』吉野ヶ里遺跡資料館展示品

板付

板付遺跡 竪穴式住居復元

日本最古の稲作集落跡『菜畑遺跡』(佐賀県)
縄文時代晩期(紀元前3世紀頃)の水田跡や炭化米が発見されており、 日本最古の水田の遺跡と言われています。

日本最古の稲作集落跡『板付遺跡』(福岡県)
縄文時代晩期(紀元前3世紀頃)の炭化米が発見されており、 日本で初めて稲作が行われた場所があります。

『朝寝花貝塚』(岡山県)
6,000年前の稲のプラントオパール(ガラス質の結晶)が見つかりました。

これらの遺跡から発見された炭化米は、赤米などの古代米と呼ばれる品種で、 当時の人々がどのように稲作を行っていたのかを知る手がかりとなっています 現在研究者のあいだでは解明研究が行われ論争などが繰り広げられています。

祭祀

縄文時代の米作りの規模は、主食と言うよりは司祭の為に栽培をしていたぐらいのようです。
菜畑遺跡からは米から発酵させた痕跡(酒?)の土器も発見されてます。
まだ温暖だった縄文時代は、木の実(どんぐり、とち、なら、胡桃、栗、かしなど)堅果類の遺物が大量に出土していたので 稲作はまだ本格的に行われていなかった。主食であった堅果類が、米におきかえられるのは、弥生時代になってからになります。

菜畑遺跡の『水田跡20〜30平方m』の規模が発見されてます。
では、ここで収穫できそうな米量の計算をしてみました。
現代の日本の水田における10アール(1000平方メートル)あたりの平均的な収穫量は、約550kgです。 したがって、1平方メートルあたりでは約0.55kgとして、30平方メートルでは、0.55kg/平方メートル x 30平方メートル = 16.5kgとなります。 現代の1/3量ぐらいとして、16.5kg x 1/3 = 『約5.5kg』非常に少ない! いろいろな気候条件や技術も未達だったと思いますので一概にはいえませんが5.5.kgよりはるかに少ない可能性もあるかと思います。 大変貴重なお米だったことは間違いないです。特別な司祭事に使用するぐらいの量しか収穫できなかったようです。

稲

ちなみに現代日本国民1人が1年間に食べているお米は、 1962年の118.3kgをピークに年々減少していて、 2022年では50.7kgと約半分の消費量となっています。 参考:農林水産省調べ

<古代米は、パワーの源>

一粒に秘められた生命力

古代米と言われるのは、赤米・黒米・緑米・黄米などがあります。
黄米は現代の「もちあわ・きび」です。
古代米は白米とは異なり、精米せずに食べるのが主流です。
食物繊維をはじめとした栄養を多く摂れることが特徴といえます。
しかし、味は白米に劣るため、江戸時代以降は徐々に姿を消していきましたが、 健康を意識する人が増えた現在になると、古代米が再注目されてます。 現代の健康思考から古代米を各地で栽培がおこなわれるようになりました。

古代米の特徴

赤米

赤米

コクのある味わいとプチプチとした 弾力のある食感が特徴です。 赤米は病気や虫、厳しい気象条件にも 強いことから、質の低い土地でも 育つとして各地で栽培されてきました。 古代では魔除け色色『赤』というこでもあり 「神様にささげる米」として珍重されてました。

食物繊維豊富で便通改善、 コレステロールの吸着と排出効果

緑米

緑米

中国やインドが発祥といわれる「もち米」です 現在もネパールやラオスなどのアジア諸国を 中心に多く栽培されています。 もち米らしい甘みと粘り気があり、 しっかりした噛み応えともちもち食感

クロロフィル色素があり 血流改善、血中コレステロール制御、

黒米

黒米

中国では不老長寿米として皇帝に献上 されてきた高級食物で、楊貴妃も愛食 していたといわれています。 一粒一粒に噛み応えがあり、プチプチ もちもちとした食感ありアジア諸国では 現在も多く栽培されている米です。

アントシアニンがあり 抗酸化作用、目のストレス緩和効果あり
古代米

古代米の栄養成分は、現代の白米に比べ、たんぱく質・ビタミンB1・ B2・ナイアシン・鉄・カルシウム・マグネシウムなどが豊富に含まれています。 色素のアントシアニンには、血管を保護、動脈硬化を予防する働きや、 老化防止・発ガン抑制などがあるといわれ健康効果が期待できるようです。 古代米は、科学的にもパワーのある食物として見直されているのです。

日本人は、古来より米を主食としてきました。米は、日本の気候風土に適しており、 稲作は日本の文化や歴史に深く根ざしています。 米は、日本人にとって、食文化、文化、経済、そして精神性においても、非常に重要な存在です。

次回:Vol.2<米の隆盛>