1月

January

元旦. 書き初め.七草.十日戎.鏡開き.松の内.どんど焼き.成人式.二十日正月ets...

初日の出

1月 睦月(むつき)January

正月に親戚一同が集まる、睦び(親しくする)月
新しい一年の始まりとなる月 Start of new year.

1月1日 元旦

New year's day

新年始め初日の出を
拝むことで年神様へ豊作
幸せを願う

初詣

1月2日 書き初め

First writing

書や絵の上達を
願う行事

描き初め

1月7日 七草の節句

Nanakusa-gayu

春の七草を使ったお粥を
いただき年末年始の疲れた
胃腸を整え無病息災を
願う行事

描き初め

1月10日 十日戎 (とおかえびす)

Toka Ebisu

福笹や熊手を飾って
商売繁盛を願う
お祭り

恵比寿

1月15日 鏡開き

Kagami biraki

お正月飾っていた鏡餅を
豊作祈願、邪気ばらいも
兼ねておしるこにして
小豆を食べる日

鏡開き

1月15日 松の内

New Year's decoration day

正月飾りを外す日
関東では7日

松

1月15日 どんど焼き

Sagicho

お正月飾り描き初めなどを
燃やして無病息災、
五穀豊穣を祈願する日

どんと焼き

1月9日 成人の日

Coming of age da

1948年昭和23年から
成人式を行うように
なりました。

成人日

1月20日
(はつかしょうがつ)

New year clebration

お正月の祝い納め日
この日までに正月料理、
餅は全て食べつくします。

成人日

お正月料理と由来
New year's cuisine and origin.

おせち Ose Chi

おせち

お雑煮 O zouni

雑煮

お屠蘇 O toso

とそ

『おせち』”Ose chi の由来 ▼

御節(おせち料理)(Ose chi)の始まりはいつから? 稲作時代に季節の変わり目には収穫に感謝して『節供物』をお供えしてたものがおせち料理の原点とも言われてます。 奈良時代から平安時代では宮中行事として節ごとに邪気払い、不老長寿、を願う儀式『節会』(せちえ)が行われ『御節供』(おせちく)と言うお祝い料理が振るまわれました。 特に五節句の会は重要視され五節会と言われてました。

『おせち』が一般的になったのはいつから? ▼

『おせち』が一般的になったのは江戸時代から 季節の変わり目に邪気払い、不老長寿、収穫に感謝祈りをする節会(ちえ)5節句が幕府の公式行事を位置付けられました。 1月7日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日に行われていた。 また「御節供」が民間行事として広まったことで、1年に5回ある節句で豪華な料理がふるまわれるようになっていきました。 そして、五節句のうち新年を迎える最も重要な人日の節句の料理が、正月料理として定着しました。山や海の幸がおせち料理に取り入れられるようになり 江戸時代後期になると、現代のように料理一つひとつに意味が込められ、新年を祝うために食べるものとなりました。また、大みそかにおせち料理を作り、 お正月に家族揃って食べる風習も生まれています。

お正月にお屠蘇(toso)を飲むのはなぜ?▼

お屠蘇の「屠」は屠(ほふ)るとも読み、鬼を葬ったり邪気を払ったりする意味があります。 「蘇」には魂を目覚めさせるという意味があり、「屠」と組み合わせることで「邪気を払い生気を蘇らせる」 という意味になります。

雑煮(O zoni)はいつから,なぜ食べたの?▼

室町時代の武家社会の中では、お正月を問わず祝いの膳で出されていた料理がはじまりなのだとか。 その当時、武家社会の中では雑煮は「烹雑(ほうぞう)」と呼ばれていました。「烹」は煮る事の意味で餅や野菜や肉などを雑多にして煮ることから「烹雑」を 煮雑と呼び、これを逆さにしたのが今の「雑煮」になりました。 年神さまにお供えしたものをお下がりとして頂くことは、”神さまのパワーを頂ける”という言い伝えで、お正月にお雑煮を食べることが定着したようです。 お餅と野菜が入って入ることで、武家社会の中では「名(菜)を持ち(餅)上げる」という意味として、 縁起が良い食べ物としてお雑煮が重宝されたそうです。