日本のスーパーフード 『梅干し』』
Japanese superfood "Umeboshi"

梅は中国原産の花木で、2000年前に書かれた
中国最古の薬物学書『神農本草経』には
すでに梅の効用が説かれていました。
梅が日本に伝来したのは、3世紀の終わり頃
Plum is a flowering tree native to China. The benefits of plum have already been explained.
Ume was introduced to Japan around the end of the 3rd century.

日本最初の漢詩集といわれる『懐風藻(かいふうそう)』や最古の歌集『万葉集』にも、
梅を題材とした和歌が数多くあり古代から梅は人々から愛されてました。
Japan's first collection of Chinese poetry "Kaifuuso" and the oldest collection of poems "Manyoshu" have many poems on the theme of plums, and plums have been loved by people since ancient times.

梅干しが書物に初めて登場したのは、平安時代に宮中医官を務めた丹波康頼が撰した
日本最古の医学書である「医心方」でした。
梅干しは医心方に効用が記述されるほど効果がある食べ物でしたが、
梅の実が貴重なものだったこともあり、
当時は貴族などの身分が高い人たちしか食べることができませんでした。
Umeboshi first appeared in a book in the Heian period, the oldest medical book in Japan,
Ishinpo. Umeboshi was a food so effective that it was even described in medical literature.

梅ume History

村上天皇(在位946〜967年)が疫病にかかったとき、梅干しと昆布を入れたお茶を飲んで回復したという記録もあり 元旦に飲む縁起物として今に受け継がれている「大福茶」の起源とされています。
There is a record that when people got sick from the plague, they drank tea with umeboshi and kombu seaweed and recovered. This is said to be the origin of "Daifukucha, " which has been passed down as a lucky charm to drink on New Year's Day.

鎌倉時代の『世鎌倉俗立要集』という文献には、「梅干ハ僧家ノ肴」と書かれています。 梅干しはお坊さんの酒のさかなとして利用されていたようです。 この風潮はやがて、武家の食膳にも広がり、武士の出陣の際には、梅干しを食べたとか。
Umeboshi seems to have been used as fish for monks' sake. This trend eventually spread to samurai dining, and it is said that samurai ate pickled plums when they left for battle.

戦国時代の兵士が戦場で思う存分働いても疲れることなく、かつ栄養を補給でき、 しかも軽くてかさばらない、兵粮食を求めて各藩が熱心に研究した食べ物 「兵糧丸」に梅干しが使われてました。
Umeboshi was used as food during the Sengoku period.

江戸末期には『諸国古伝秘方』(1817年)という日本各地にあった健康法の口伝を記した文献にも 作り方が記されていることから、梅が人々の暮らしに欠かせない存在であったことがわかります。
Ume has been an indispensable part of Japanese life since ancient times._2023/2/28UP